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京阪・駅さがしの旅

2005年10月 3日 (月)

京阪・駅さがし旅 完結編。

「駅さがし旅」の続き。

ここでもう1度、これまでの調査をおさらいしておこう。
※これまでの調査
9月17日(土)
「京阪電車の何駅だろうか。」
「京阪・駅さがしの旅その1 土居〜京橋」
「京阪・駅さがしの旅その2 守口市〜枚方市、交野線」
「京阪・駅さがしの旅その3 枚方市〜京都三条」
「京阪・駅さがしの旅その4 ラストチャンス、宇治線。」
9月25日(日)
「京阪版「電車男」!?―駅さがしに再挑戦。」



というわけで、最後の手段となったのが、今回の大津線。

京津線、石山坂本線とも、各駅のホームを隈なく凝視する。

ところが、なかなか見つからないのである。
ベンチの色が同じでも、数が違っていたり、広告の位置が違っていたり…


大津市内の観光を兼ねての調査だったので、疲れにより見落としがあったのだろうか。

もう1度やり直しか。
それとも、叡山電車の駅なのか。

ああ、もう駄目だ。



諦めかけた、その時。







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見つけた。

もう一度、テンプレートの写真と見比べる。

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このベンチの色・形・数、ベンチの配置の仕方、広告用の掲示板の配置、ホームのつくり、どれを取っても、全く同じだ。
傘は違っているが、酒の瓶を入れるケースで作った、即席の傘立てまで、同じではないか。

やった・・・


私はこの時、2年前の阪神の優勝、4年前の近鉄の優勝の瞬間をも遥かに凌ぐほどの喜びと、これまでに味わったことのないような達成感に包まれた。


しかし、折角なのだから、車内から撮影してみたい。
再び電車に乗り、この駅を停車する時間を利用して撮影しようと思った。
でも、うまくいかない。
仕方なく、諦める。

その時、私の席の近くに、車掌のお兄さんが立っていた。
念のため、尋ねてみた。

私「これは、ホニャララ駅ですよね!?」
  (テンプレートの写真を見せる)
車掌さん「ええと、そうみたいですけど、何とも言えませんねー。」
私「さっき、ホニャララ駅のホーム撮影してきたんですよ。」
  (先ほど撮影した写真を見せる)
車掌さん「あ、そうですね。すごいですよ!!電車好きなんですか?」
私「ええ、まあ。この写真に写っているのはきっと京阪電車の駅だと思って、大阪と京都の間をずっと調べてたんですけどね…」
車掌さん「そうですかー。よく見つけはりましたね。僕はようしませんわ…」


数日前、この写真を撮影したにこんさんのblogがあるとの情報を得た。
実は、恥ずかしいことに、それまで彼女のblogの存在を知らなかったのだ。

昨日、帰宅後、早速にこんさんのblogを覗いてみた。
やはり、この駅の写真があった。

でも、結局は本人から確認を取らないといけないと思ったので、メッセージを送った。
先ほど、にこんさんからのお返事が返ってきた。
私の目に間違いは、なかった。

探して、探して、ようやく見つけた、この駅。
三度目の正直とは、こういうことを言うのだろうか。


京阪電車の皆さん、ありがとうございます。
にこんさん、ありがとうございます。
そして、私を応援してくださった皆さん、ありがとうございます。




さて、この「ホニャララ駅」とは一体、何駅なのか。

ここでは公表しません。

簡単に教えてたまるものですか。

にこんさんと私との秘密にしたいと思います。


もし、知りたければ、私と一緒に、あの場所へ行きましょう。


最後に。


何かを見つけるための道程がたとえどんなに遠く、険しいものであっても、決して諦めない。
そして、今までに歩んできた道程が、たとえ回り道であったとしても、無駄な努力だったとは、決して思わない。
真実を見つけるための過程にはちがいないのだから。

信じる気持ちがあれば、きっと見つかる。



〜完〜

2005年10月 2日 (日)

大津線の話とか。

今回お世話になったのが、京阪電車の大津線です。

大津線とは、京津線と石山坂本線の総称です。

京津線(けいしんせん)は、京都市山科区の御陵(みささぎ)駅〜滋賀県大津市の浜大津駅までの7.5�を結び、駅数は7駅です。

かつての京津線の京都方は、京阪三条駅まで結んでいました。
私が高校1年生の時、東山の三条通を走る路面電車を初めて見て、目を丸くして驚いたのを、今でも覚えています。

駅数は、
三条〜御陵間 :6駅、のちに4駅
御陵〜浜大津間:7駅
でした。

ところが平成9年(1997)に京都市営地下鉄東西線(醍醐〜二条、昨年に六地蔵〜醍醐が延伸)の開通に伴い、京津線の三条〜御陵間が廃止となり、京津線の電車が京都市役所前まで乗り入れることになりました。
駅数も、
三条京阪〜御陵間(地下鉄東西線):2駅
御陵〜浜大津間(京阪京津線)  :5駅
に減少しました。
地下鉄との兼ね合いもあり、電車の本数も10分〜15分に1本と減少しました。

また、東西線の駅から京津線の駅まで乗車する場合、2社の路線を通過することになるので、必然的に運賃がかさんでしまうのです。
ですから、必ずしも利用者にとっての利便性向上に役立っているとは、言い難い側面があります。

一番厄介なのは、山科駅です。
地下鉄の山科駅京津線の京阪山科駅の両駅がほぼ同じ場所に存在するのですが(前者は地下、後者は地上)、
例えば三条京阪〜山科の場合、
地下鉄山科駅で下車すると 230円
京阪山科駅で下車すると  320円
と、なるのです。

山科駅は、JR線との接続駅でもあるのですが(新快速も停車)、その割には利用客が少ない(正しくは「減少した」)ことが、京阪側の悩みの種でもあるようです。

Qfoso4vw 京津線の車両は、写真の通り、水色をベースとしており、4両編成、座席は1両目と4両目が固定式クロスシート(京阪の特急・急行で、座席が動かないのを想像してください(笑)、2・3両目がロングシートです。
 

この4両が、大津市内中心部の車道を走る時、えもいわれぬ迫力があります。

私は、前の京津線のほうが好きでしたが、新しい車両も好きです。地下鉄の車両よりも好きです。
普段の通勤は地下鉄を利用するのですが、気分転換をしたい時や、山科駅付近で飲み会をして地下鉄の時間に間に合わなくなったときは利用します。


一方の、石山坂本線
正しい読み方は、「いしやま・さかもとせん」
何故そんなことを説明するのかって?
実は、恥ずかしい話ですが、高校生の時まで

「いしやまざか・ほんせん」

と勘違いしてたのです…(苦笑)

石坂線と略されることもあり、「いっさか線」の愛称で親しまれています。

Plv1yii2 石山坂本線は、石山寺〜坂本間の14.1�を、琵琶湖に沿って走ります。
駅数は21駅、約30分あまりかけて結びます。
車両は、京阪らしく黄緑と緑を使った外装です。
2両編成のワンマン。
本数は、昼・夜関係なく7〜8分に1本の割合で運行されているので、ローカル線(?)とは思えない利便性の高さです。
(ただし近江神宮前〜坂本間の昼間は15分に1本)



沿線には見所がたくさんあります。
これまでそのいくつかを紹介したのは、石山寺から坂本まで順に説明しています。
(ですから、時間的な前後関係がバラバラになっている部分も…)

この路線は車窓の風景も、琵琶湖や瀬田川など、全く見飽きることはありません。


さて、今回利用した切符が、以前にも紹介した
「湖都古都・おおつ1dayきっぷ」
です。
500円で、大津線が1日乗り放題です。
これがどのくらい得なのかと言いますと…
例えば、御陵―京阪膳所は
片道260円なので、
往復するだけで元が取れてしまうのです!!

それだけでもすごいのに、
沿線施設での割引やプレゼントの特典が
51か所もあるのです!!

こんなことして京阪は大丈夫なんやろか?とこっちが心配したくなるくらいです(笑)
まあ、この気前の良さはどこかの鉄道会社さんも見習って欲しいと思いますが(ぇ


あ、今まで肝心の「駅さがし」とは関係ない報告ばかりしているので、

本題はどないなっとるんじゃ!?(゚Д゚#)ゴルァ!!

というツッコミがそろそろ聞こえてきそうです(汗)

そ、それは…


門前町・坂本の町並み。

0utitubt 比叡山延暦寺と日吉大社の門前町、坂本

穴太衆積みの石垣は、伝統を感じさせ、趣があります。 
穴太衆(あのうしゅう)とは、坂本の穴太地区に住む石工集団で、戦国時代・江戸時代に活躍しました。



ところで。
日吉大社と滋賀院門跡にも行きたかったのですが、既に閉門していました…

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これまで、坂本ケーブルに乗ったり、朽木村へ行った時に、坂本は通り過ぎるのですが、町並みをじっくり歩いたことはなかったので、今回こそはと思っていたけれども、叶わず。


まあ、次回の楽しみができた、ということで。

大津宮跡と近江神宮。

Rkryv6fs 近江神宮駅から西へすぐの所に、「近江大津宮錦織(にしこおり)遺跡」があります。

西暦667年、中大兄皇子(後の天智天皇)は突然、飛鳥から近江への遷都を行い、大津宮としました。
背景としては、663年の白村江の戦で大和朝廷が新羅・唐の連合軍に敗れ、都をより内陸部に移さねばならない、という危機感があったものと考えられます。

天智天皇は律令制に基づく統一国家を目指しましたが、しかし、そのわずか5年後にこの世を去り、翌年(672)の壬申の乱によって大津宮自体も廃墟となってしまいました。

 


大津宮の位置としては、それまで穴太、南滋賀、滋賀里など諸説ありましたが、昭和49年(1974)に遺跡が発掘されたこの錦織が有力となっています。

なお、「錦織」という地名の由来は、「錦織部」つまり朝鮮半島や中国大陸からの渡来人で、機織に従事した人々がこのあたりに居住していたからだそうです。


7celbqj6 そこから北へ行くと、その天智天皇を祀った近江神宮があります。
時計博物館が隣接されているのですが、16時30分閉館で、完全に間に合いませんでした。残念。

ってか、夕暮れ時の神社はかなり怖いです(汗)
しかも、境内が広いので、帰る時、道に迷いそうになりましたし…


義仲寺―義仲公と芭蕉さんゆかりの寺。

大津に来た以上、ここは寄らないわけにはいきません。
(理由は下の方で説明しています)

Zkxw1arn 膳所駅から北へ5分ほど歩くと、細い通りにこの義仲寺があります。


この地は、かつて「粟津ヶ原」と呼ばれており、寿永3年(1184)の「粟津の戦い」にて、木曾義仲は源範頼、義経の軍勢に敗れて討死にされます(享年31歳)。

その後、室町時代末期の戦国の世、当時の近江国守であった佐々木氏が「源家大将軍の御墳墓荒るるにまかすべからず」として、この地で戦死した義仲を供養するため、この寺を建立し、整備したのです。

O3hv_teg 写真は、その木曾義仲公の墓(木曾塚)です。


X0zzui0z また、江戸時代の前期、松尾芭蕉がしきりに来訪し、この寺の「無名庵」に滞在し、門人を指導したりしていました。

芭蕉は元禄7年(1694)、旅の途中で大坂にて亡くなるのですが、「骸は木曾塚に送るべし」との遺言により、この寺に埋葬されました。
木曾義仲公のお墓のちょうど横に、芭蕉さんのお墓があります。



K23poegh ちなみに「無名庵」とは、義仲の戦死の後、この地に見目麗しい尼僧が現れ、庵を結んだのですが、「われは名も無き女性(にょしょう)」と答えるだけだった、というのが由来だそうです。
その尼僧は、義仲の側室・巴御前(ともえごぜん)の出家後の姿とされています。



Gwo6czmd 境内には、芭蕉さんの句をはじめとするたくさんの句碑があります。

「古池や 蛙飛こむ 水の音」
 


今年は、やはり大河ドラマ「義経」の影響で、例年よりもお客さんが多いようです。


ところで、蛇足ですが、
実は、私は年2回ほど、このお寺でテント張りのお手伝いをさせていただいておるのです。
(このお寺の支配人さんは私の勤めている会社の大先輩でいらっしゃいます。)

「湖都古都・おおつ1dayきっぷ」を提示すれば、
拝観料が200円→150円になるのですが、

何と、私はこのお寺の関係者みたいなもの、ということでしょうか、
タダにしてくれはりました!!
素晴らしい。

ですので、これから義仲寺へ行かれる方は、
私と一緒に行けば無料で拝観できるかもしれません(?)ので、ご連絡下さい。
(勝手なこと言うてええんかいな…)

無料にしていただいて、このまま帰るのも申し訳ないので、記念に「俳聖かるた」(800円)を買って帰りました。
いつ使うのかわかりませんが(汗)


※義仲寺について
・場所:大津市馬場1−5−12
・開門:9時〜17時(11月からは16時まで)
・休み:月曜(祝日の場合は開門)
・拝観料:200円
・電話:077-523-2811

2005年10月 1日 (土)

建部さん詣で。

Jqsqsr9r 瀬田の唐橋から東へ5分ほど歩いたところにある、建部大社

私はこの神社の名前を聞いたのは初めてだったのですが、「近江国一ノ宮」というだけあって、由緒ある神社のようです。


出世開運や縁結びのご利益があるというので、
勿論、熱心にお参りしましたよ(笑)


Bbkdbt2f 「湖都古都・おおつ1dayきっぷ」を提示すると、
写真のような牛さんのキーホルダーをくれました。
  

瀬田の唐橋。

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この景色が好きです。

日本三大名橋の1つ、瀬田の唐橋
(残る2つは、京都の宇治橋と山崎橋だそうです)

Nlzca20u 句碑や常夜燈も、趣を添えます。


石山寺。

大津市内をぶらぶらするのは、大学4年生の時以来、2度目。

Qckjz8ac 石山寺は、西国三十三所第十三番礼所。


天平宝字5年(761)に東大寺の僧、良辯が開基したと伝えられる古刹です。
平安時代になって真言宗の寺院になり、歴朝の尊崇も篤かったようです。


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国宝の本堂と多宝塔、天然記念物の珪灰石など、見所がたくさんあります。


V_dz1kgh 堂内の「源氏の間」で、紫式部が『源氏物語』を書いたとも伝えられています。


「湖都古都・おおつ1dayきっぷ」を提示したら、
拝観料が500円→400円になりました。

はっきり言って、境内はめちゃめちゃ広いです。

しかも、今日は8月に戻ったのかと勘違いするほど、かなり暑かったのです(汗)


これで1日の体力の半分ぐらい消耗したような気がしました…

あかん。

特急電車。

カップ酒のビンを車内に放ったらかしにしたら、絶対にあかん。

危険。気分悪い。
どうしてこんなに無責任な人が多いのかな。

再び、悟りの地で。

Kugevqvu 電車が15分間隔なので、辛いです(汗)

会社には寄りません。

あの駅を探しに。

1ljh9dzh 地下鉄東西線・三条京阪駅のホーム。

今日は休みなのに、毎日通勤する時と同じ場所にいます。

2005年9月26日 (月)

京阪版「電車男」!?―駅さがしに再挑戦。

私のblogのテンプレートの写真の駅は一体、京阪電車の何駅なのか。

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先週9月17日(土)に実施した調査では、次につながる手掛かりはほとんどなし、という結果に終わった。

※前回の調査
「京阪電車の何駅だろうか。」
「京阪・駅さがし旅その1 土居〜京橋」
「京阪・駅さがし旅その2 守口市〜枚方市、交野線」
「京阪・駅さがし旅その3 枚方市〜京都三条」
「京阪・駅さがし旅その4 ラストチャンス、宇治線。」


次の調査では、本線をさっさと切り上げて、大津線か叡山電車の調査に移ろうかと考えていた。
そもそも当初は、気楽に考えていたわけである。

ところが、22日(木)の「鶴橋で韓国料理を食べよう会」でこの話題について触れたら、予想以上に盛り上がり、何とその駅で全員で記念撮影をしよう、などという企画が持ち上がってしまったのだ。

こうなったら、気合を入れて探さないといけないじゃ、あーりませんかっ!!

というわけで、本日は、本線のすべての駅と、交野線、宇治線も再調査することにした。

調査に行く前、オカンが
「また先週と同じことするんか。探さんでもええやんか。何の得にもならんのやし」
と、のたまった。
どうして大人はいつもこうなんだ。
ってか、私もええ歳こいた大人だが(爆)

確かに、2週連続で同じことをするなんて、余程の暇人だな…
彼女でもおれば、こんなことする暇はないだろうに。
いや、彼女がいなくて時間を持て余しているから、こんなことをするのだろう。


ん!?
よく考えれば、私は、その駅はきっと見つかると信じている。いや、必ず存在するはずだ。その駅を見つけた時、ビビビとくるものがあるはず。
そう、自分の「運命の人」は、きっと見つかる。ビビビとくる、その人。それと同じことなんだ。

というわけで、

京阪版「電車男」の、はじまり、はじまり〜
(かなり無理ないかい!?)

今回の調査のルートは、

守口市〜枚方市
交野線往復
枚方市〜中書島
宇治線往復
中書島〜出町柳
出町柳〜淀屋橋まで特急
淀屋橋〜土居

これだけ調べれば、完璧だろう。

前回と同様、先頭車両の運転席の後ろに陣取って調査。
席がたくさん空いているのに座らないなんて、やっぱり、どう見てもヲタ青年だ(;´瓜`)

このテンプレートの写真が、現在既に改装された駅であれば、調査をしていても徒労に終わるので、最初に気付いた事を駅員さんに尋ねることにした。
その結果、

�ベンチの色は、写真のように薄い黄色のものが一番新しい。
よって、薄い黄色のベンチが、改装時にオレンジ色のベンチや木製の長いベンチに取り替えられているということは、まずありえない。
�叡山電車の場合、出町柳・八瀬遊園・貴船口・鞍馬以外はほとんどが無人駅で、それらは、ベンチの真上の広告が少ない。

以上の2点が判明した。
特に、�の情報の重要性は大きい。
これにより、たとえ疑わしい駅であっても遠慮なく候補から外していくことができる。

また、それ以外に、私は、この写真に写っている車両の窓枠の右下隅と左下隅に着目した。
窓を手動で開閉させるためのレバーが付いていないのである。
ということは、それほど古い車両ではないのでは、と思った。
(はっきり言っておきますが)私は「鉄ちゃん」ではないので、系統とかはわからないけど。

よって、この写真が撮影された時期も、それほど昔のではないのである。

そう、「運命の人」も、見つける意志を持っていないと、見つからないのだ。
ごく近くにいたとしても、自分が知らぬ間に見過ごせば、現れない…


候補をどんどん絞っていく。
その結果、前回調査した区間は、やはり該当しないことがわかった。

出町柳まで行ったので、ついでに叡山電車の出町柳駅のホームを改札の外から眺めてみた。

ん、ベンチの色も形も違う…
叡電は調査対象から外すべきか。
そう、間違った方向に走れば「運命の人」は見つからない。

仕方なく、特急で淀屋橋まで向かう。
当初、調査対象から外した、天満橋・北浜・淀屋橋を調べるのだ。
ひょっとしたら…と思ったので。
そう、「運命の人」は思ってもみなかった所にいたりして。

勿論、先頭車両の運転席の真後ろの席に座る。
ちびっこに人気の席だが、しかたない。

これまで調べた駅の再確認も可能だ。
動体視力はないが(汗)
途中で、睡魔が襲ってきたのも困った。
(まあ、それほどではなかったけど)

通路を挟んだ反対側には、3歳くらいの男の子を連れた、(推定)20代の女性が座っていた。
男の子、やはりこの席がお気に入りのようだ。

一方、私の隣は、眼鏡をかけた長髪のヲタクらしき青年が座った(汗)
左手首にはホワイトバンド。

丹波橋駅でヲタク風の青年が降りたのと入れ替わるようにして、こんどは5歳くらいの男の子と、その母親が乗ってきた。
先ほどの若い母親は自分の子を抱きかかえ、隣に5歳を座らせてあげる。
彼も、この席がお気に入りのようだ。
そして、特急電車が淀の車庫を通過する瞬間、5歳は身を乗り出すようにし、待機している車両の形色などについていろいろしゃべり出し、3歳にも教えてあげているのだ。
やはり経験の差か。頼もしき先輩だ。
2人は将来の「電車男」か!?

後から乗った5歳の男の子と母親は、樟葉で下車。
3歳の男の子、窓から
「お兄ちゃんバイバイ」
と手を振る。
若い母親、
「あの子ほんまによう知ってるなぁー」
と漏らす。

私は、その光景を見て、癒された。
こういう都会の特急電車でも、出会いの場面があるのだ。
そう、人はみな、出会いの機会を求めている。

私には出会いはなかったのですが(爆)


特急電車は京橋から淀屋橋まで、各駅停車。
調べてみたが、どれも該当せず。

結局、本線と交野線・宇治線には

「該当する駅なし」

という結果に終わった。


_| ̄|○ ガクーリ


残るは大津線か…
「運命の人」が見つからなければ、遠くまで探してでも見つけるべし!!

そう言えば…
ひょっとして、あの駅かも。
そう、それが「運命の人」かも。

京阪版「電車男」は、まだまだ続く…


というわけで、次回は、500円で大津線(京津線、石山坂本線)が1日乗り放題の「湖都古都・おおつ1dayきっぷ」を使い、大津市内観光も兼ねて調査の予定。

ってか、また滋賀県か…


※ここまで読んでくださった方々、私のアホな独り言にお付き合いいただき、ありがとうございましたペコリ(o_ _)o))

2005年9月18日 (日)

京阪・駅さがし旅その4 ラストチャンス、宇治線。

宇治線がまだだったので、調べてみる。
これで最後にしよう。

中書島
観月橋
桃山南口
六地蔵
木幡
黄檗
三室戸
宇治


ああ…。
結局、どこも見当たらず。

納得行かないが、今日はこれでおしまい。

昼食がまだだったので、伏見桃山の「大中」でラーメンを食べた。


今頃、関西どっとコムさんに問い合わせる気はない。
こうなったら何が何でも自分で見つけてやる。
次回は、本線と大津線を片っ端から調べよう。

後日リベンジの予定。



京阪・駅さがし旅その3 枚方市〜京都三条

枚方市から、(実質上各駅停車の)準急・出町柳行きでひたすら京都方面へ。

枚方市
御殿山
牧野
樟葉
橋本
八幡市

中書島
伏見桃山
丹波橋
墨染
藤森
深草
伏見稲荷
鳥羽街道
東福寺
七条
五条
四条
三条


うーん…
うすい黄色のベンチに緑色のバックが、意外とないものだ。

中書島と伏見桃山が怪しかったが、やっぱり違う。
墨染・藤森・深草あたりかなと思ったが、思い違い。
ひょっとしたら意外と地下なのかも?と思い、七条からもよく見てみたけど、違う。

1つの駅を探すのに、これほどまでに苦労するとは…


三条まで来てしまった。
今更、滋賀県まで行くわけにはいかない。

もういいや。
駅事務所に聞きに行こう。
ひょっとしたら駅が改装されているのかも知れないし。

事務所のお兄さんに聞いてみた。
デジタルカメラに収められた、blogデザインを見せた。
そうしたら、事務所の人がみんな集まってくる…
おっちゃんも集まってきた。
お姉さんまで…

確かに京阪の駅らしい。
ところが、京阪の駅員さんでもわからないらしい。

でも、皆さん親切にしてくれた。
ありがとうございました。


さて、どうしよう。
関西どっとコムさんに聞くしかないのか。

ん、1つ忘れてたぞ。
宇治線が残っている。
これに賭けてみよう。


つづく


京阪・駅さがし旅その2 守口市〜枚方市、交野線

守口市〜枚方市。
乗りなれた区間。

守口市
西三荘
門真市
古川橋
大和田
萱島
寝屋川市
香里園
光善寺
枚方公園
枚方市


萱島まで各駅停車、萱島から先は実質上各駅停車の準急で行く。

いずれも該当せず。

枚方市まで来たので、交野線に乗り換え。

枚方市
宮之阪
星ヶ丘
村野
郡津
交野市
河内森
私市


途中まで盲導犬を連れた方が乗っておられた。
京阪は駅員さんの対応が懇切丁寧だと思う。

ところで、駅だが、ベンチの色と数が、違うのである。
どうも交野線の駅でもないようだ。

河内森駅でのアナウンス
「JR線お乗り換えです」
ちょっと無理あるでしょ!?
JR河内磐船駅まで歩いて5分はかかると思いますが…

結局、私市まで来た。
小学校の芋掘りと耐寒遠足以来だ。

Dau1z6ai


えらい近代的な駅舎になったねぇ…

仕方なく、枚方市まで引き返す。


つづく


京阪・駅さがし旅その1 土居〜京橋

写真の駅探しを開始。
時間は、13時30分。

ここで、京阪電車の路線図を見てみよう。

Oz6el9m7_s



京阪電車の営業距離は、関西5私鉄の中では阪神に次いで2番目に短い。
(そもそも、JRや近鉄の駅を探すことは無謀であろう…)
それでも、本線以外に、交野線や宇治線、さらには滋賀県の大津線(京津線・石山坂本線)もあるから手強い。
叡山電車の可能性も捨て切れない…


これらのすべての駅を闇雲に探すわけにはいかないので、いろいろ条件をつけて見た。

�京阪百貨店7階ギャラリーの「東海道大阪・守口宿大会特別展〜水戸黄門35部PR展〜」を鑑賞するため、19時までには守口市駅に戻る。

�淀屋橋〜京橋、守口市、寝屋川市、枚方市、樟葉、七条〜出町柳は、当初からその可能性はないものとして調査対象から除外。

�これ、と思った駅があれば、その時点で駅員さんに確認を取る。

�交野線、宇治線も調べる。ただし時間の都合上、大津線までは調べられないので、その場合はやむを得ず、三条駅の駅員さんに尋ねる。


まずは、土居〜京橋間。

土居
滝井
千林
森小路
関目
野江
京橋


土居駅。この駅であるわけがない。
そうならばとっくに気付いているはずだ。

各駅停車に乗り、滝井駅で下車。ちがう。
土日は10分間隔で運行しているので、次の電車まで10分待たねばならない。

退屈なので、写真撮影。

Hofulif2 次の千林駅が近い…



2uegigim と思いきや、京都方の土居駅は、もっと近い(爆)
300m程度しか離れていない。



ところが、このように各駅で10分ずつ浪費していたら、何時間あっても足りない。

ここで、あることに気付いた。
・ベンチの色がうすい黄色
・ベンチのバックが緑
この2点に注目すればよいのだ。
そして、先頭車両の運転席に近いところに陣取れば、下車することなく、ホームの両側を見ることができる。

しかし、周りから見ればどうしてもムネオさんと同業種と思われてしまう(爆)

というわけで、京橋までの各駅をやりすごした。
京橋からは準急で守口市まで戻ってきた。

つづく

京阪電車の何駅だろうか。

私は、昨年12月にこのブログを始めて以来、一貫してこの駅のデザインで通している。

X38iqbuj


京阪の駅だ、と思って、迷うことなくこのデザインに決めたのである。

ところが、ずっと疑問に思っていた、気になっていたことがある。

実は、毎日のように京阪電車を利用しているにもかかわらず、写真の駅がどこの駅なのかわからないのだ。
同じデザインを採用している(していた)bloggerさんに聞いても、京橋〜淀屋橋間ではないだろう、ぐらいしか手掛かりが掴めなかった。

そんなに知りたければ関西どっとコムさんに聞けば一発なのだろうけど、それじゃ面白くないので、自分で調べることにした。
こりゃ暇人間だな(汗)


つづく